池袋の八丈島
「食わず嫌い」を克服する。
数年前に映画のロケで数日間滞在した八丈島。あの時の仲間たちは元気でいるのだろうか。
その時に、クサヤが好きな友達がいて瓶詰のクサヤをお土産に買ってきた。
その頃のボクはとても貧しく、米を買うのが精一杯でおかずと呼べるものは卵とマヨネーズや醤油のような調味料とふりかけくらいしかなかった。
夏場だったので、ご飯に水をかけて醤油を垂らしたり、ふりかけやマヨネーズを塗して食べていた。
冷蔵庫の中にはお土産で買った瓶詰のクサヤのみ。
一度、クサヤ好きの友達から美味しいよと勧められて食べようとしたが、その匂いたるやとても人間の食べ物とは思えず食べるとことはできなかった。
しかし人間たるや究極の貧困状態になると、それまで受付なかったものにも挑戦しようという気持ちが芽生えるらしい。
瓶詰のクサヤ、いよいよチャレンジの時がきた。
瓶の中にはクサヤを割いたような切り身が10切れくらい入っている。恐る恐る一切れをつまみ出し水飯の中に投入して少しふやかしてから食してみた。
むむ、想像以上に、いや、想像に反して美味い。
ついもうひと切れ食す。
むむむ、いやはや美味いではないか。
もうひと切れ食す。
瓶の中のその切り身は隙間ができてゆらゆらと動き始めた。
やばい、お土産なのだ。
この辺で止めなければ全部なくなるのではないかという危機感から、それ以上食すのはあきらめた。我慢した。
ゆらゆら揺れる切り身を見ないふりをして瓶の蓋をする。
まだお土産と言っても許される範囲内だろうと気持ちを落ち着ける。
後日、お土産を渡す段になり、黙っているのはなんだか犯罪者のような気持ちになり、つい告白してしまった。
「これ、お土産」
「ありがとう、えっ…、蓋開いてるけど…」
「そ、少し食べた。おかずが何もなくて」
「え、食べられたんだ」
「うん、美味しかった」
「そっか、よかったね」と、苦笑いしながらもクサヤ仲間ができたことを喜んでくれた。
その後もあるイベント会場でクサヤが出店していて注文したのだが、そのクサヤは強烈な香りでボクは食べることができず、舐めただけだった。
あれから何年かの時を経て、ボクは突然クサヤが食べたくなったのだ。
そして池袋の八丈島という居酒屋に出向いたのさ。
今回は抵抗なく食べられた。これで苦手な食べ物を克服したというわけさ。